Low-Fidelity

はじまりは、何かのおわり

隣の芝生に吹く風

風向きが急に変わることがある。

追い風が逆風に変わっていたり、西の高気圧がなくなっていたり。

しかし、寒い冬に向かっていくのか、温かい春なのかは、

突発的に風が吹くかどうかで異なる。この時の風は、結果的に、強い南風だった。

 

まだ大学を卒業できない友人が年末から泊りに来ていて、

ようやく解放された正月休みの最終日。僕はななせと明治神宮に来ていた。

お互い明日からはじまる仕事のけだるさを抱えながら、

御社殿へ並ぶ参拝客に混ざっていた。

 

年末に向けて世の中がきらびやかになっていく間、

ひたすらタスクに追われて、放ってしまった弱音。「ななせの声がききたい」

どうせ報われるものでもないのだから、享受できる限りは得よう、と。

伝えたい思いは伝える、許される限りは近づいてみよう、と。

いつの間にか、彼氏よりも彼女と連絡を取る機会が増え、

なんだかフォローして、いい人ぶっているのにも飽きてしまった。

実はカラオケに皆で行ったときに、1度だけ手をつないだことがあった。

ドリカムのうれしいたのしい大好きを歌いながら、彼女がそっと。

だから、手をつなぐくらいは許されるのではないか、

またつなぎたい、どうせなら、そのままどこかを散歩しながら。

同世代なら分かると思うが、携帯電話が無い時代に、

相手の親や家族が出るんじゃないかというあのざわめき以上に、

携帯のボタンを押す手が震えた。

「いいよ、1月4日なら空いてる。次の日仕事初めだから、

 遅くまではいられないけど。」

何度目かの電話で、ついには声だけでは物足りなくなっていた僕は、

ダメ元で、かなり冗談めかしながらも初詣を提案してみた。

人ごみに流されそうになる場面なら、手を取っても違和感がないだろうし、

女の子と初詣に行ったこともなかったので、自分本位の提案。

 

その日は、風が吹いていたんだと思う。

山門の敷居はまたぐものと教えながら差し出した手を

彼女は、お賽銭の時まで離さなかった。

神様にお願いする前に、叶ってしまった願いは、しばらく息をひそめることになるが。

のどが渇いておなかも減った、とのことで、

少し早い時間だったけれども、表参道の鉄板焼きのお店に向かう。

いまは、バーに変わってしまっているのだけれども、

雰囲気と料理はさることながら、携帯が圏外になるという条件が整っている店。

年明け早々、彼氏のフォローかと思いきや彼女の仕事の悩みや

互いの趣味など、いままでのメールでの断片的な情報をつなぎあわせる

とても穏やかでなごやかな話題に終始した。

渋谷駅までの帰り道、彼女の手首あたりをコートの上からつかんでみた。

勢いよく振り払われ、そうだよね、と後悔しかけた時に、

「こういうのは、ちゃんとしよ。」と、かなり強めに右手をつかまれた。

それから、どちらからともなく、ドリカムのあの曲をハミングしながら、

ゆっくりと、でも軽快に、駅まで向かった。

この時点で、出来過ぎた1日だった。これ以上は、いろいろおかしくなるし、

明日から、お互いそれぞれの仕事の日々に戻る。

休みボケといっても、冷静さは保ってなければいけない。

まだ、風はやんでいなかった。

 

つづく