Low-Fidelity

はじまりは、何かのおわり

芝生にさす月あかり

It is the nature of water to flow into a lower place , people aim at higher.

人であるならば、高い所を目指すべきなのであろうが、
水と一緒にただただ下っていく僕は、ひとでなしになった。


手をつなぐ、肩に手を回す、髪に触れる、頭をなでる、顎に手をかける...
怒られるまでは、と思いつつ、平地の行進のように距離が狭まる。
CDを流しておけばよかったと思うくらい、
浅い吐息と時計の針の音が部屋を埋めていく。
背中で何かを探しだした僕に気付いた彼女が、
「たぶんだけど、探しているものは、今日は前にあるの。」、と。
理由はさておき、その日おろしたてのそれはなかなか外れることもなく、
超えてはいけない線の前で、ようやく立ち止まることができそうな時。
雲間からさす月明かりに照らされた彼女の横顔が、
理性なんてものは、生まれたときからなかったことを思い出させてくれた。


部屋のインターフォンが鳴り、ふと我に返る。
その日、職場の後輩が物置に引っ越してくることをすっかり忘れていた。
彼は月末の退職が決まっていて、部屋にゆとりのある僕の部屋に
それまでの間、居候させる約束をしていた。
彼女は、近隣の住民からのクレームと勘違いしたらしい。
熱に浮かされるにはまだ早すぎる季節は、互いをすぐさま現実に戻した。
タクシーを電話で呼び、彼女のコートを持ちながら、身なりを整える姿に見とれる。

彼女を車寄せまで送り、最後に握手をして別れる。
小さい「じゃあね。」という彼女の言葉で、2人で会うことはもう無いと確信する。

都合よく学生気分の抜けない後輩と眠れる訳のない僕は、朝までゲーム。
やってしまったことのろくでなし具合から現実逃避するには、都合のよい夜だった。

予想通り、それから、彼女からの連絡はしばらく来なかった。
そう錯覚するくらい彼女が去った後の時間の進みは遅かっただけで、
夕方頃に、メールが来た。昨夜の確信はなかったことに。
眠れなかったこと、でも何を言っていいかわからず困っていたこと、
でも昨日は酔った勢いではゼッタイなくて、今仕事が終わって、おなかがすいた。
後輩に、電話するまで外で飲んでてくれと頼み、渋谷のキリストンカフェを予約。
予算的に20代には使い易い店だった。ここも何年も前に閉店している。

これからも今まで通り、昨日と同じくらい仲良くしてほしい。
でも、毎週土日のどちらかは、彼氏と会うことになっている。
お酒は、赤ワインが一番好き。フルーツなら桃。歩くときは、右側。
竹内結子という地味な女優を好きというのは今日からやめてほしい。
(僕は、地味とも思ったこともないし、今でも好きな女優さんだ)
実家暮らしのため、朝帰りは禁止。
午前5時までに帰ればいいという不可思議なルール。
彼女から言われた、毒入りのリンゴのような話を、断る理由はなかった。
それくらい、彼女がそばにいる時間といない時間の世界の鮮やかさが違った。
僕の何が彼女をそうさせたのかはよく分からないし、
分からないけど、一緒にいたいとしか思わないと彼女はよく言っていた。
渋谷からの帰りの車内は、前日とは同じ路線とは思えないほど新鮮な気分だった。

そうやって、正式に非公式の不思議な関係がはじまった。