Low-Fidelity

はじまりは、何かのおわり

隣の芝生にはいったら

一目惚れは、何度かしたことはあるのだが、

間違いなのに、間違いのまま進んでしまったことがある。

 

彼女をはじめて見たのは、栞代わりに使われていた写真だった。

モデルの雑誌の切り抜きかと思ったくらいによく撮れた写真で、

民族衣装に身を包み微笑んだ姿はすぐ思い出すことができる。

とてもとても残念なことに、友人の彼女だった。

 

衝撃の写真から数か月後、友人と一緒に3人で何度も会う機会があり、

どちらかというとどうでもいい人に近い良い人という距離感で、

努めてそれ以上近寄らないように気をつけながらも、仲良く過ごしていた。

1人称を自分の名前で呼ぶことが微塵も違和感がなく、

そして、その効果をよくわかっている人だった。

「ななのお願い聞いてくれる?」には、のちに何度も利用された。

 

ある日、相談があるからお寿司が食べたいという明後日の方向からの

誘いを受け、ごくありふれた話を聞くことになった。

今は無くなってしまったが銀座並木通りにある、お寿司も食べられる静かなお店。

当時の僕は、お酒を飲みながら、人の彼女と食事することは、

火星に行くことくらい別の世界の出来事だった。

特別なシチュエーションに、そしてとてもきれいな人との食事の約束に舞い上がり

記念日位にしか行かない店を選んだ時点で、何かを期待していたのだと思う。

それでも、懸命に彼氏をかばい、浮気なんてするわけがないと

友人のために嘘をつく自分を肴にしながら、お酒は進んでいった。

隣のテーブルから舌打ちされ、美人な彼女にサービスと板前さんから差し入れられ、

逆に、これ以上は望んではいけないと冷静になることができた。

「わたしにも秘密ができたね。共犯。」と、彼女にとっては些細な、

僕にとっては貴重な食事の席に、最後に鋭利な味付けがされた。

互いの最寄りの駅での別れ際、告白しそうになるのを必死にこらえた。

 

その日からメールでのやり取りがはじまった。

今思えば、いくらかしたたかなきらいがあったのかもしれない。

こんなかわいくて素敵な彼女がいるのだから、やさしいのだから、〇〇だから、

彼氏が他に目移りなんてするわけがない。

必ず彼女を散々褒めて、だから彼氏は浮気をすることがないという論法に終始した。

彼氏が唯一苦手なことが褒めるということを踏まえて。

しかし、そんなフォローもあってか、ただの文通相手に成り下がってしまった。

つづく